両者のSSはいったんこれにて幕となります。
「災難でしたね、サルビア様」
顔を覆面で覆った少年は、前の背に追いついて言った。
「サイッテー!ヒース兄の顔見た?!あれ絶対後でにやにやするに決まってる!」
「良いじゃないですか、それぐらい」
そう言うと、彼は赤い瞳を細める。
「ロータス様にも、ヒース様にも、ちゃんと助けてもらえたんですから」
「あったりまえでしょ!私はガーランドの最高傑作なんだから、私の損失は塔の損失なの!」
プラス評価にもなんないわ!つんと顎をあげて、細い喉が反る。
「あーあ」
少年は呆れたように苦笑した。いつも通り過ぎて、安心するぐらいだった。
さらわれた時の恐怖は、どうやらもう無いようだった。
はたと、少年が歩を止める。
その気配に、白の少女は振り向いた。
「何よ」
刺すような視線を受け流して、少年は意地悪く間を作る。
「いえいえ、その。今回の事件で私、一つ、疑問があったんですよ」
「だから何」
ひく、と口の端を引きつらせて、サルビアは問う。
こういう時の彼は、彼女が突いて欲しくない所ばかり指摘するからだ。
「どうして誘拐の時、ヒース様に助けを求めたんですか?」
「はっ」
なんだそんな事か。
そんな顔で、彼女は警戒を緩め、嘲笑を浮かべる。
「おまえは本当に馬鹿だな」
曰く、ヒースの立場なら犯人をまとめて検挙できるだの
曰く、塔に自分の危機が伝えられるだの
たっぷりと、それなりにまともな事を彼女は語った。
少年は、それに相槌をうちながら全て聞き終わると、
「流石はサルビア様です」
手を打ち、少年は彼女を称賛した。
しかし、彼が、聞きたいのはそんな事ではない。
彼は、不思議そうな表情を作ってから、次の疑念を言葉にする。
「でも、そんな回りくどいことしないで、犯人に“降ろして”と一言お願いすればよかったのでは?一番の得意分野じゃないですか」
きょと、サルビアの小さな目が丸くなる。
「お、おまえは話を聞いてなかったのか?ヒース兄を開放しておけば犯人を一網打尽に……」
焦っていた。
ああ、わかりやすいなあ。少年はやはり苦笑して。
たっぷりと焦りを味わってから。
「でも、もう一回ぐらいのお願いなら、ワケないですよね?身の安全を確保してからでも、遅くはなかったじゃないですか」
「ぐっ……ぅ」
固まった。
(それじゃあ、まるっきり肯定じゃあないですか)
無粋とは思いつつ、彼女の反応をみたくて、少年はうずうずしていた。
彼が思っていたことを、彼の主にぶつける。
にこりと笑顔をつくって。
「ヒース兄さんに助けてもらえて、良かったじゃないですか」
「ち、ちがっ!そんなんじゃない!」
噛みつかん勢いで彼女は否定する。
嘘っぱちなのは、もう簡単にわかってしまう。
「違わないですよ。ヒース兄さんがまともに仕事できる口実をわざわざ作ったんですから」
「いや、だからっ!」
「優しいじゃないですか。ヒース兄さんが出来る人だって周りに伝えたかったんでしょう?信頼あってのものですよね」
「ちっ!ちっげーーーーーーーーーーーー!違うから!そんなんじゃない!」
「それと、ロータス兄さんから連絡は言った時の通信後、私には目元が濡れてたように見えたのですが……」
口を◇にして、サルビアが震える。紅潮した顔はさらに赤く。
「ついに耳塞がって目が腐ったか欠陥品!あれはゴミだ!埃っぽいとんでもないトコだったの!」
「あっはっは!」
「笑・う・なー!」
「いやいや、これが笑わずにいられますか?いやいや無理ですよ。あんまりにも完璧すぎて」
結局、彼女は囚われる事で家族を待っていたのだ。
不都合と自身の危険を掛け金にして、かまってもらいたかったのだ。
少年は、口悪いこの主人の、こういうところが好きだった。
「いや、最初に言った通り、サルビア様は流石ですよ、本当に、頭の回る方です」
「うるせー!そんなんじゃなーいー!絶対お前が思ってることと違う!頭は回るけど!」
両の手を握りこぶしにして、上下に振る彼女がたまらなくおかしくて、少年は笑い続ける。
とうとう怒りが頂点に達した少女は、もう知らないと、部屋へ戻るべく背を向けた。
あちゃー、と滅多にない失態に少年は額に手を当てつつ。
最後に、もう一つだけ投げかけた。これは、本当にわからなかったことだ。
「サルビア様、最後にもう一つだけ。これは、答えてくださらなくても結構です」
少女は歩き、少年は立ったまま。
「どうしてあんな危険な事を、実行出来たんです?」
少女が止まった。
ため息をつく間があった。
振り向いた。
怒りと呆れとこらえた笑みで。
「アンタ、馬っ鹿じゃない?」
そう言って。
「隣に家族が居たら、少しぐらい私だって頑張れるの」
「…そうでしょ、【Q】」
少年が捨てた名でなく、今の名で、サルビアはそう告げた。
言ったら踵を返して、そのまま走っていく。
距離が十分離れてから 彼女は。
「バーーァカ!死んじゃえ、“出来損ない”!」
そう叫んだ。
笑顔で。
【Q】と呼ばれた少年は、しばしその場に立っていた。
「あー」
後頭部に手を当てて。
「これは、僕の負けかなぁ」
そう言ってうれしそうに笑い。
周囲に溶け込むように、消えたのだった。