ハルト・ガーランドなどの行動、塔の設定に関してはRLからの許可はありません。
二次創作として、認知して頂ければ幸いです。
内容はクインス・ガーランドの短編になります。
続きます。
失敗作。
それが僕に与えられた『評価』でした。
人よりも弱い身体でありながら、金属を簡単に曲げられてしまう制御できない力があって。
兄達のようには上手くいかなかったこの顔は、獣のように歪んでいました。
何より、僕にはきょうだいのような、特別な力を持ち合わせていませんでした。
とてもじゃないけど、成功作とは言えません。
僕もそう思っていました。
名前を与えてくれた父だけは、そうは思っていなかったようですが。
でも僕は、ずっと塔の人が言うとおり、自分は失敗作だと思っていました。
失敗作に来る末路なんて決まっています。
処分される、そう通達されました。
僕に来た宣告は至極単純で、いらなくなったから死ね、と言うものでした。
その場で、執行される日も言い渡されました。
……なんだか不思議な気分でしたよ。
怒りも、憎しみも、妬みも、憧憬も、全部あったような気がするのですが。
それより、何よりも空虚だけがありました。
自分の軸になるようなものと出会った事もなかったからでしょうか。
よくわかりません。
ぼーっと、薄弱な意識のまま、僕は数日を過ごしました。
執行前日、外出許可が出ました。
と言っても、塔の建物内に限りましたが。
同行する者は無く、父は仕事に出ているようでした。
逃げたければ逃げろ、そう言う気持ちも、若干あったように感じます。
でも、僕はそんなことをする気はありませんでした。
父が困る姿を思い浮かべて、それは困るな、と。漠然とそう思ったから。
ただただ、残された時間を、施設内のもの、おとを確かめながら歩き回りました。
実験室と狭い箱のような自室が全てだった僕には、目新しい事ばかりでしたよ。
白基調だった建物の壁でさえ、単一でなく、様々な時間が見て取れましたから。
なんとなく、世界にも色はあるんだな、そんな風に思っていました。
「ねぇパパ!わたし、つまんない!」
大きな声に、思わず顔をしかめました。
見れば、父の横には白い少女が立っていました。
僕よりも小さい、よく見た顔を、僕は初めて目にしました。
あんなむくれた顔は僕にはできないなと、妙に感心してしまって。
ごめんなサルビア。外には連れて行ってやれないんだ。
ああ、あの子はサルビアっていうのか。何気なく、心の中で呟きました。
初めて見る、弱ったようにきょうだいを諭す父をなんだか以外に思いながら。
「じゃあ、今度、わたしが何かほしいって言ったら、ちゃんと頂戴!」
父は頭をかきながら、仕方ねぇなぁ、と呟いていました。
様子から、割とよくあることなのかもしれないと、確証もなく感じました。
ぼーっと見ていたせいでしょう。
得意気に勝ち誇った顔をした少女――多分成功作の、僕のおとうと――と目が合いました。
なんだか、ぎくりとしました。
力強い赤い瞳が僕を捕えて、その色に照らされたから?
強い光にさらされて、サルビアって、夏の花の名前だっけ……。
なんて、齧った知識がよぎりました。
照らして欲しくない所まで明るみに出してしまいそうな瞳。
逃げた方が良いんじゃないかと、他人事みたいに思いました。
そう思っているうちにも、つかつかと、彼女は歩み寄ります。
前に立つと、僕を見上げながら。
「なんでわたしに名乗らないの?」
さも当然、腕を組んで彼女が言いました。
困りました、明日消える僕の名前なんて、彼女に刻んで何になるって言うんです。
伝えあぐねた僕の代わりに、父が彼女に言ってくれました。
それを聞いて、彼女は。
「ばっかじゃないの?」
何が気に食わないのか、腹立たしげに。
「ねぇパパ、こいつ、“出来損ない”でしょ?」
一瞬、何を言ってるかわかりませんでした。
「聞いた事ないし、じぶんの名前も名乗れない。バカみたい」
あんまりにも、直接的に撃たれた言葉の暴力のせいで、理解がさらに遅れました。
彼女が僕を何も持たない欠陥品だと、そう言葉を突きつけたのだと、理解した瞬間。
かっ、と。突然に言いようの無いものが込み上げて。
『全部、持って生まれてきたくせに』
何もわかってないくせに。
そう、呟いていました。本当は大声で叫びたかったんですけれど。
あらゆる感情が渦巻いて、声が震えました。
こんな所でも、僕は欠陥品だったのかもしれません。
それでも精一杯挑発したつもりでした、自分で得たものでもないくせに、と。
でも。
「なんか悪いの?それ」
おとうとは。
「わたしはエリートだよ?生まれた時から、全部持ってるの」
本当に理解できないという風に。
馬鹿にしたように。
「なんにも持ってないあんたとは違って、皆にあいされて当たり前なの。残念ね」
取り合おうとすらしてくれませんでした。
「もういちど言うわ。クインス兄、あんた、バカじゃない?」
そうして最後に
「だから、消えてなくなるんでしょ」
そう告げて。
何もないから消えるんだと、当たり前の事実を、ただ残酷に。
無くならない現実を、突きつけて、少女然とした顔には厳しさが浮かんで。
彼女は、腕を組んだまま、見上げるようにして、睨んでいました。
撃たれたように動けなくなった僕には、そのあとの彼女のつぶやきも、耳に入りませんでした。
溢れそうな感情を抑えるのに必死でした。
うつむいて何も言えない僕に、もう興味も無くなったのか、彼女は父に向かって
「パパ、わたしサイテーの気分だから、部屋までエスコートして。お菓子も用意させてよね!」
父に指刺しながらぎゃーぎゃーまくし立て、父を引っ張ってさっさと行ってしまいました。
僕は、気配がなくなるまでそうしていました。
本当に行ってしまってから、もっと経ってから。
意地でため込んだ感情を、やっと。流れるにまかせて。
僕は生まれて初めて、泣きました。
処分の日がやってきました。
目はヒリヒリするし、喉は痛いし。
身体は、僕は生きていると、これでもかと主張していました。
部屋に通され、装置につながれて、いよいよ死ぬんだと。
そう強く実感しました。
準備が完全に終わったとき、執行役が、一言僕に告げました。決まり文句ではありましたが。
-言い残したことはあるか?-
僕は、即答しました。
『あります!』
これでもかという、身体の主張に呼応して。
『僕は死にたくない!生きていたい!』
泣き通した声は、枯れていました。
『このまま終わるなんて嫌だ!』
元々喋るのに適した口では無いのです、酷いものだったでしょう。
『悔しいんです!このまま……』
それでも、最後まで振り絞ってやりました。
『このまま、何も持たないまま死んでしまうことが!』
おとうとはわかっていたんでしょう。
不貞腐れて、何も持とうとしていなかった僕の事を。
『生きて、何かを為したい!』
言われただけで何かを持てたわけではなかったんです。
でも、言わなければ、僕は意志さえ持たずに消えてしまう。
それだけは、本当に死んでも御免でした。
『僕は、ガーランドです!』
『クインス・ガーランドです!』
言い切りました。
妙な達成感が心を満たし、叫び足りない渇きが、僕の喉を焼きました。
声が声にならなくなり、僕の意識の糸は、そこでぷつりと切れました。
クインス・ガーランドはその日確かに、死んだんです。